阿部茂晴

ベッコウトンボのHSIモデル構築とその適用可能性

 

理工学研究科 システム工学専攻 阿部茂晴
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最終更新:2007/3/8

[キーワード:HEP、HSIモデル、ベッコウトンボ、環境アセスメント、生態系評価]

本研究の成果であるベッコウトンボのHSIモデル、学内修士論文発表会の要旨および発表資料を以下に公開します。(閲覧にはAdobe Readerが必要です) また本研究では公開用文書へのご意見やご感想、提案などを募集しております。 ご連絡は上記メールアドレスまでお願いします。
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ベッコウトンボのHSIモデル(pdfファイル)
学内修士論文発表会要旨(pdfファイル)
学内修士論文発表会発表資料(pptファイル)

1.序言
現在日本においては生態系の定量的な評価手法の開発が求められているが、 米国で開発された評価手法であるHEP(Habitat Evaluation Procedure)が注目されている。 HEPは評価対象の生息地を質、量、時間の3つの軸で定量的な評価を行う評価法である。 HEPの質の値はHSI(Habitat Suitability Index)という指数で表現され、 これを計算するHSIモデルは種ごとに構築する必要がある。 しかしHSIモデルの整備状況として、希少種のモデルが不足していると言われている。
ところでベッコウトンボ( Libellula angelina は現在も各地で減少、絶滅が相次いでいる種である。 これまで様々な対策がとられてきたが、十分な改善は見られず、早急かつ有効な対策が望まれている。 またこれまで本種を扱ったHSIモデルは構築されていない。
以上を踏まえ本研究では、保全の必要性が高いと考えられるベッコウトンボのHSIモデルを構築した。 またそのモデルの適用可能性について考察した。

2.HEPとHSIモデル
2.1 HEP
HEPとは米国で開発された生態環境評価手法である。この手法では個体群の実体を直接評価することはせず、 それを支えるハビタット(=生息地)の潜在的な力に関連付けて評価する。 そしてその潜在的な力は「質・量・時間」の視点から定量的に評価される。

2.2 HSIモデル
HSIモデルはHEPの質の評価を担っており、HSIモデルはHSIの計算式である。 HSIは評価対象種にとっての生息地の質を数値表現する指標である。 HSIモデルはSI(Suitability Index)という指数を変数とする。 SIは対象種の必要とする環境条件の質を表現する。 HSIもSIも0(不適)から1.0(最適)の間の数値で表現される。SIはSIモデルによって算出される。

3.ベッコウトンボと桶ヶ谷沼
3.1 ベッコウトンボ
ベッコウトンボは成虫の体長が4cm程度の翅の斑紋が特徴的なトンボである。主に4~6月に池沼に出現する。 国内希少動物種に指定されていること、また環境省レッドリストでも絶滅危惧Ⅰ類に分類されていることからも その希少性がうかがい知れる。 以下の図3.1にベッコウトンボの写真を示す。


図3.1 ベッコウトンボ
3.2 桶ヶ谷沼
桶ヶ谷沼は磐田市東部に位置する、本州でも数少ないベッコウトンボの産地である。 ここでは多くの団体が沼の環境保全にあたっており、 その中でも磐田南高校生物部はベッコウトンボの産卵誘致に関する研究を行っている。 本研究ではモデル構築のためのデータとして磐田南高校生物部の協力を得ている。 また今回モデルの評価対象とした実験池は、 桶ヶ谷沼を考える会と静岡県によってトンボ類の基礎研究の場として桶ヶ谷沼のそばに造成されたものである。

4.研究方法
本研究におけるHSIモデル構築の手順は大きく2つのパートに分かれ、全部で8つの手順を踏んだ。 以下の図4.1に示すように本研究を進めた。以下で概要を説明する。


図4.1 本研究のフレームワーク 

4.1 HSIモデルの構築
この段階では既存の知見からモデルの試作を行った。 まず主に生態学的な知見を整理してベッコウトンボの生活史を把握し、モデル構築の方針を決めた。 次に決めた方針に従って、集めた情報を産卵に関する生存必須条件という観点からハビタット利用情報をまとめた。 そしてその中からデータの利用可能性も踏まえてハビタット変数を抽出した。 注すつされた変数に対してSIモデルを設定し、最後にハビタット変数を組み合わせHSIモデルのプロトタイプとした。

4.2 適用可能性の検討
この段階では前段階で試作したモデルを検証し、環境アセスメントへの使用を前提とした文書化を行った。 まずUSFWSのガイドラインに沿ってモデルを検証し、課題の抽出を行った。 そしてここまでの成果を文書化して、ベッコウトンボのHSIモデルとしてインターネット上に公開した。 なお、公開用の文書は本ページのトップからダウンロードできる。

5.結果と考察
本研究の成果となるHSIモデルについては、本ページのトップにある 「ベッコウトンボのHSIモデル」からダウンロードできるのでその文書を参照せよ。
本モデルの基礎となったデータはほんのわずかな量であり、科学的な根拠は薄いかもしれない。 その意味で主観的、感覚的なモデルであると言われても反論が難しい。 モデルの検証でTHUの値と実際の産卵数との間に齟齬が生じたのもデータ不足が原因とも言える。 今後は継続的にデータを蓄積していき、統計的な処理を用いて変数の選定やモデルの改善をすることが期待される。 しかしこのようなデータ不足は、希少種のモデル構築には必ず付きまとってくる問題とも考えられる。 そのため、モデル構築を促すためには各種のデータを何らかの手段で共有する必要があるとも言える。
文献の整理やモデル構築、そして検証を通じてベッコウトンボの産卵環境には全植物被覆割合が非常に重要であることが指摘された。 このことから、ベッコウトンボの生息地保全事業にはベッコウトンボにとって適当な植物量を維持していくような管理が必要であると 示唆された。
また本モデルは成虫の成熟期の繁殖のみを扱ったモデルである。 そのため、本モデルのみでベッコウトンボの生息環境を評価しきれるとは言えない。 例えばヤゴ期における隠れ家条件や、成虫未熟期における枯れ草地の選好についても考慮した評価も必要と思われる。
本研究は冒頭でも述べたとおり、ベッコウトンボの今後の復元事業にもフォーカスしている。 モデル作成者は昆虫の保全事業などは民間の団体が手弁当で行っていることも多く、 そのためHSI算出に必要な時間的経済的コストは極力低減できるようモデル作成をすべきである。 本モデルではこの理由もあってV1を全植物被服割合にしている。
今後はHEPの考え方を利用して、あらかじめ複数の復元計画をたてどれが最善か見積もって事業を最適化してから着手されること、 そしてその達成度合いを評価し順応的管理が行われていくことを期待している。 また本モデルがトンボ類の新たなHSIモデルを作成する際の参考や、 より精度の高いベッコウトンボのHSIモデル作成の足がかりのほか、 生物の生息環境保全ツールの参考として意味を持てばと期待している。

謝辞
本研究を進めるにあたり、ご指導ご鞭撻を賜りました前田恭伸助教授に感謝の意を表し、ここに厚く御礼申し上げます。 また武蔵工業大学の田中章先生、日本大学の伊東英幸様にはHEPを勉強する上でアドバイスを頂くなど大変お世話になりました。厚く御礼申し上げます。 また静岡県立磐田南高等学校生物部の松本幸啓先生をはじめとする部員の皆様方、桶ヶ谷沼ビジターセンターの細田昭博先生、 菊川市の福井順治先生、山口県立山口博物館の三時輝久先生、大分県の倉品治男先生にはベッコウトンボについて勉強する上で 本研究への理解を頂くとともに温かいご支援をいただけたことに深く感謝いたします。

 

なお、磐田南高校生物部へのご質問、ご意見などは以下メールアドレスまでお願いします。(※@は画像です)
磐田南高校生物部:seibutu iwataminami-h.shizuoka-c.ed.jp