鈴木 真起

2001年度静岡大学工学部卒業論文

静岡県における化学物質による環境リスクの評価

氏名:鈴木 真起
所属:システム工学科前田研究室
指導教官:前田恭伸 助教授

第1章:はじめに

現在、我々は高度な科学文明の恩恵を受けている。それと同時にプラスチック製品や農薬など多種多様な化学物質も使用している。これらの化学物質はその製造や使用などにおいて、環境中に排出されるものも少なくない。このようないくつかの化学物質には、人間に対しては発ガン性など、生物に対してはある一定の濃度を超えると、生育阻害など生物に対する悪影響があることが知られている。
本研究では、我々人間や生態系に対して、どのような化学物質が曝露しているのか、摂取されているのか、そしてそれらがどのくらいリスクを与えているのかを評価することを目的とした。評価対象とする地域を静岡県とし、保護対象は人間および水域、陸生、底質の生物とした。

第2章:対象とする化学物質の選定と、排出量の推計

ここでは人間や生態系に悪影響を及ぼす化学物質を選定し、その量を推計する。
本研究で扱う化学物質は、以下の項目を満たすものである。

  1. PRTR法に定められている第1種指定化学物質354種のうちに選定されている。
  2. 対象化学物質が静岡県で年1kg以上排出されている。本研究ではPRTRの事前事業として行われた平成12年度化学物質取扱事業所緊急実態調査から事業所(点源)による排出量を、平成11年度PRTRパイロット事業から自動車やオフィス等(非点源)による排出量を推計する。
  3. 対象化学物質のリスクを評価する上で必要な毒性が知られている。
  4. 本研究では金属化合物は対象としていない。これは本研究で用いる環境モデルが金属化合物に適していないからである。

以上の項目を満たす化学物質は67物質あった。これらの物質を評価対象とする。

第3章:用量-反応分析

選定した化学物質が保護対象に対して、どのくらいの曝露量でどのくらいの影響を与えるのかを決定することを、用量-反応分析という。本研究では、あるクリティカル(重要な毒性が観測され、かつ最も少ない用量をいう)な影響があるというモデルを適用する。この場合は閾値があると考えられ、本研究では人間及び生態系への毒性両方とも、この閾値があるというモデルを適用する。
現在毒性については、国際機関、国、公共機関、研究所など様々な情報源から発表されている。しかし、閾値はその試験の方法や質により大きく異なり、一義的でない。本研究ではPRTR制度データベースや、IUCLID CD-ROM – YEAR 2000 EDITIONなどの各種データベースを使用し、これらの中から最悪の値を採用した。

第4章:環境モデルと曝露評価

曝露評価を行うためには、対象化学物質が排出された環境をモデル化し、環境への分布を推定しなければならない。本研究における環境濃度分布の評価には、Mackey level III型のマルチメディア運命モデルであるSimpleBoxモデルを使用する。
SimpleBoxの概略図を下に示す。

SimpleBoxモデルとは、大気、水域、底質、工業・都市土壌、自然土壌、農業土壌の6つの区画を持つ運命モデルである。このモデルでは化学物質は大気、水域、工業・都市へと排出され、各区画の定常濃度が計算される。このモデルを使用して、大気、水域、底質、各土壌の各予想曝露濃度が求まる。水域、底質、及び農業土壌のPECは、水域、底質及び土壌の生態系のリスク特性評価にそのまま用いる。

環境中の濃度が、人間に対してどのように影響を与えるのかをモデル化し、一日あたりの摂取量を推定する。人間が対象化学物質を1日に摂取する量は、空気の吸入量、農産物や家畜の肉の摂取量などによって求めることができる。人間への環境を通した曝露シナリオを下に示す。 

第5章:環境リスクの評価

本章では、2章で選出した化学物質とその環境への排出量、3章で得られた用量-反応分析、4章で説明した環境モデルを用いて、対象化学物質のリスク評価を行う。本研究では、化学物質のリスク評価として、用量-反応分析と曝露評価のそれぞれの結果の比較で行う。これをリスク特性評価という。この評価は各化学物質ごとに行う。
人間のリスク特性評価には、”安全係数(MOS)”を適用する。これは、人間に対する用量-反応分析により求まる”無影響レベル(NOAEL)”と、曝露評価により求まる”日常摂取量(DIV)”との比 NOAEL / DIV で評価する。生態系に対しては、曝露評価で得られた”予測曝露濃度(PEC)”と、用量-反応分析で得られた”予測無影響濃度PNEC”の比 PEC / PNECで導かれる。リスク評価においてMOSの逆数とPEC / PNECの比が1を越えると、環境に対してリスクがあると評価される。

環境リスクを評価するには非常に多くの計算を行う必要がある。そこで本研究ではリスク評価にUSES 3.0というコンピュータプログラムを使用した。以下にリスク評価の結果の一部を載せる。

化学物質名 水域の生態系のリスク評価 土壌の生態系のリスク評価 底質の生態系のリスク評価 MOSの逆数
トルエン 4.14E-2 4.09E-2 4.61E-2 NONE
フェノール 1.03 1.31 1.02 1.25E-2
o-クロロアニリン 1.65 9.14E-1 1.67 NONE
p-ジクロロベンゼン 1.05E-2 1.08E-2 1.42E-2 5.56E-1

表中のNONEは評価に必要な毒性が得られなかった。

水域の生態系に対する化学物質のリスク評価では、o-クロロアニリンとフェノールが1を越えているので、現環境で既にリスクがある排出をしていると評価された。同様に土壌の生態系に対してはフェノールが、底質の化学物質に対してはo-クロロアニリンとフェノールがそれぞれ1を越えているので、これらも現環境で既にリスクがある排出をしていると評価された。
人間に対してはMOSの逆数が1を越える評価はなく、現時点ではこれらの物質は人間になんらかの影響を与える物質はないと評価できる。しかしその中でも、p-ジクロロベンゼンは人間に対して高いリスクがあることが見て取れた。

第6章:考察

本研究で適用した環境モデルの妥当性を検証するために、曝露評価で得られる予測曝露濃度を実際の環境濃度と比較してみた。多くの化学物質の予測曝露濃度は実際に観測された濃度範囲内であった。
次に、リスクの同定で適用した毒性を最悪の結果ではなく、最良の結果を用いて評価を行った。再評価を行った結果、リスクが1/100近くまで低下した物質があった。さらにリスク評価において1を越えていたo-クロロアニリンとフェノールが、両方とも1より下回った評価をした。これは、生態系に何らかの影響があると評価されていた物質が、一転影響はないと評価されたことを意味する。これより、リスク評価者による毒性選定は非常に重要であり、異なった評価をしてしまう可能性があることが分かる。
最後に、各保護対象における全てのリスクの内、どの物質がどれだけのリスクを占めているかを考察する。下に水域生態系と人間の環境リスクの割合を示す。

水域生態系に及ぼす環境リスクの割合 人間のMOSの逆数による環境リスクの割合

全ての保護対象における環境リスクの割合は、少数の化学物質によって占められている。よって、これらの化学物質の排出抑制が大幅なリスク削減につながると考えられる。

第7章:結論

本研究では、静岡県における環境リスクを評価した。
人間への環境リスクでは、全ての化学物質でMOSの逆数が1を下回っている。よって今回毒性が得られた32物質による人間への影響は少ないと評価できる。しかし、本研究では評価できなかった化学物質が多数あり、むしろ今回評価したのはごく一部であるにも関わらず、最高でp-ジクロロベンゼンの0.6という高いリスクが評価された。本研究では金属化合物を考慮していないので、人間への環境リスクがある可能性の方が高いと判断する。
生態系のリスクについては、多くの化学物質において PEC/PNECの値が1/100以下であり、環境に対してこれらの化学物質のリスクは少ないと評価できる。しかし、o-クロロアニリンとフェノールについてはリスク特性評価が1を越え、環境に何らかの影響があると評価した。

参考文献

>化学物質管理センター:化学物質総合検索システム, http://www.safe.nite.go.jp/japan/db.html, (2001.3)
>European Communities: IUCLID CD-ROM – YEAR 2000 EDITION, (2000)
静岡県環境保全協会: 平成12年度化学物質取扱事業所緊急実態調査報告書, 静岡県環境保全協会, (2000.11)
環境庁環境保健部環境安全課:平成11年度PRTRパイロット事業報告書, http://www.env.go.jp/chemi/prtr/h11pilot/houkoku11.html, (2000.8)