川上由紀夫

浜岡原子力発電所におけるリスクマネジメントの分析
前田研究室 川上由紀夫

 

第1章 はじめに

現在、中部電力浜岡原子力発電所では、平成13年11月の余熱除去系配管破断と原子炉下部からの水漏れといったトラブルを機に社会的に注目を集めている。原子力発電所に限らず現在では、組織の活動による被害が大規模な社会問題となる事が少なからず見受けられる。このような状況から組織は自らの安定化を図ると同時に、可能な限り社会的損失を発生させないよう、内部と外部の両方に関するリスクを適切に管理していく事が望まれる。

そうした中で、日本ではこの数年の間にリスクマネジメントに関する研究も急速に進められている。組織は適切なリスクマネジメントの導入及び定着化を図っていかなければならないとして、JIS規格「リスクマネジメントシステム構築のための指針 Q2001」[1]が制定され、またリスクミレニアムプロジェクト[2]においても、行政や企業といった組織や市民を対象として、リスクマネジメントも含めた「環境リスク診断、評価及びリスク対応型の意思決定支援システム」の構築が進められている。

これらの研究をみるに、基準となるリスクマネジメントシステムのあり方に目を向けた研究は比較的充実しているが、それに基づいて実際に行われているリスクマネジメント事例を分析した研究は少ない。そこで、本研究では具体的な一組織として、中部電力浜岡原子力発電所を例に挙げ、どのような対策をたて、リスクマネジメントに臨んでいるのか、またその対策設定は妥当なのか、そして実際にどの程度まで、その対策方針の設定通りにリスクマネジメントは実行できているのかといった事を、現在までに一般に取りまとめられているリスクマネジメントの手法を基準としてこれを分析し、その充実している点や見直すべき点を探る。そして、今後の浜岡原子力発電所におけるリスクマネジメントのあり方、ひいては原子力全体におけるリスクマネジメントのあり方を提言するとともに、一企業におけるリスクマネジメントのあり方を模索する事を目的とする。

第2章 リスクマネジメントについて

本研究の枠組みとなるリスクマネジメントについて、その概要を説明する。

一般に取りまとめられているリスクマネジメントの手法として「環境リスク管理の新たな手法」[3]によれば、 リスクマネジメントとは、「リスクを減らす為、未然に防止するため、必要な行動を分析し、選択し、実施に移し、評価するプロセス」と示されている。

また、先にも述べたJIS規格「リスクマネジメントシステム構築のための指針 Q2001」がまとめられており、現在においては、これら二つの資料が代表的なリスクマネジメントのテキストと考えられることから、本研究ではこれを基準として、浜岡原子力発電所のリスクマネジメントを分析するものとする。

2.1 環境リスク管理の新たな手法

「環境リスク管理の新たな手法」でのリスクマネジメントの枠組みでは、リスクマネジメントには以下に示す六つの段階がある。

 

●リスク管理の六つの段階

1 問題の本質を明らかにし問題の前後関係を把握する。(問題の明確化・関連づけ)

2 文脈から問題に関するリスクを分析する。(リスク分析)

3 リスクに取り組む選択肢を検討する。(選択肢)

4 どの選択肢を実施するか決定する。(意志決定)

5 決定したことを実施に移す。(実施)

6 実施の結果について評価する。(評価)

※また、全ての段階において「利害関係者の関与」を積極的に促すことを重要とする。

 

 

 

「環境リスク管理の新たな手法」からは、これら六つの段階の一つ一つの項目を大項目として、本研究のリスクマネジメントの評価基準として扱う事とする。

2.2 リスクマネジメントシステム構築のための指針 Q2001

次に「環境リスク管理の新たな手法」で触れられていない評価基準を補う意味で、もう一つのリスクマネジメントの枠組みとして、JIS規格「リスクマネジメントシステム構築のための指針 Q2001」を元に、評価項目を追加する。ここでは特に、計画・実施の要項の中で「環境リスク管理の新たな手法」において触れられていなかった「緊急時対策」「復旧対策」に関する枠組みを抽出する事とし、また「教育・訓練」や「リスクコミュニケーション」など、同じく「環境リスク管理の新たな手法」において触れられていなかった「リスクマネジメントシステムの維持の為の仕組み」における枠組みを主に補足する。

 

以下にJIS Q2001から抽出したチェック項目を列挙する。

 

(A)緊急時対策

(B)復旧対策

(C)能力・教育・訓練

(D)シミュレーション

(E)リスクコミュニケーション

(F)リスクマネジメント文書の作成

(G)文書管理

(H)発見したリスクの監視

(I)記録の維持管理

 

第3章 リスクマネジメントの分析

3.1 主な利害関係者へ向けたインタビュー調査

本研究では、情報収集方法として浜岡原子力発電所を含め、利害関係者となる主な市民グループ、地元住民団体、地元自治体、国の行政機関に対してインタビュー調査を行った。また、それに伴い関係する様々なデータを新聞、インターネット、広報などにより収集した。

インタビュー実施期間は平成14年3月28日~平成14年6月6日である。

●インタビューを行った団体

 

【事業者】

中部電力浜岡原子力発電所

 

【行政】

経済産業省原子力安全保安院(原子力防災課、浜岡保安検査官事務所)

経済産業省資源エネルギー庁(電力・ガス事業部 原子力政策課)

静岡県総務部防災局安全対策室

浜岡町(町議会、町役場)

 

【市民グループ】

名古屋の反原発 きのこの会

浜岡町 原発問題を考える会

浜岡原発とめよう裁判の会

 

【地元住民団体】

浜岡町内会

浜岡町商工会

 

【研究者】

静岡大学工学部 小村浩夫教授

 

3.2 KJ法[4]によるリスクマネジメントのシステムモデル化

 

 

 

狭義のKJ法一ラウンド

 

主な利害関係者へのインタビューなどから得た定性的データを用いKJ法による問題の構造化を行った。以下に「浜岡原子力発電所のリスクマネジメントへの取り組み」「浜岡原子力発電所に対する市民グループや地元住民団体の見解」「原子力に関する国のリスクマネジメント」「浜岡原子力発電所のリスクマネジメントと地元自治体の関係」の概略を図で示す。

 

浜岡原子力発電所のリスクマネジメントへの取り組み(概略)

 

 

浜岡原子力発電所に対する市民グループや地元住民団体の見解(概略)

 

 

原子力に関する国のリスクマネジメント(概略)

 

 

浜岡原子力発電所のリスクマネジメントと地元自治体の関係(概略)

3.3 分析結果とリスクマネジメントの枠組みとの比較

以上のような手順でまとめた「浜岡原子力発電所」「国」「地元自治体」それぞれのリスクマネジメントを、先の枠組を基準として比較を行い、どの項目が充実しているのか、または見直すべきであるのかを確認した。

第4章 考察

前章の分析結果から「浜岡原子力発電所のリスクマネジメント」「原子力に関する国のリスクマネジメント」「浜岡原子力発電所に関する静岡県及び周辺自治体のリスクマネジメント」のそれぞれについて考察を行った。

以下に、それぞれのリスクマネジメントにおいて「充実している点」と「見直すべき点」を示す。

浜岡原子力発電所 充実している点

「問題の明確化と関係付け」「リスク分析」の段階は適切に行われており、「緊急時対策」の整備、「能力・教育・訓練」の維持、「シミュレーション」の実施という項目も適切に満たされ、また「リスクマネジメント文書の策定」「文書管理」「発見したリスクの監視」「記録の維持管理」といった情報の作成管理も適切に行われている。

見直すべき点

「選択肢」に関しては、健全な設備の維持に関して、規制的なものか否かを問わず、リスク管理の選択肢全体を検討してリスク管理をしているので、これも適切であるが、2001年11月の事故は、想定しなかった部分について点検を行わないことにより顕在化し、それが結果的に大きく関係者の信頼を失墜させることになった点を考慮すると、選択肢の分析における構想力が足りなかったとも見ることができる。次に、「意思決定」に関しては「分析に時間を費やすことによる停滞」を避けるように、あらゆる努力を払うことが主に徹底されており、またリスクの削減よりも未然防止を優先させることを重視しており、これらは適切といえるが、2001年11月の事故後の浜岡原子力発電所における経緯を見るに、社会的に多くの避難を浴びていることなどからも、そうした検討が足りなかったと考えられる。「実施」に関しても、主に2001年11月の事故に関して、その後の対応が効果的または柔軟でなかったため、利害関係者の支持を急落させていることは、適切、効果的かつ柔軟なマネジメントだったとはいえない。「評価」は、評価の計画を全体の実施計画に盛り込まれており、影響を考慮した適切なベースラインを元に定期的な評価が行われており適切であるが、原子力は国策であるという制約から、リスクマネジメントシステムの改訂は一事業所単位の意図では容易に可能なことではない。そして「リスクコミュニケーション」は、これを行うための手順は確立し維持されており、その目的、対象者、内容も明確化されていて適切であるが、情報を開示できない場合に関し、その理由を文書などで明らかにするのが望ましいが、浜岡原子力発電所ではそうした努力がなされていない。

充実している点

「問題の明確化と関係付け」「リスク分析」の段階は適切に行われており、「緊急時対策」の整備、「能力・教育・訓練」の維持、「シミュレーション」の実施という項目も適切に満たされ、また「リスクマネジメント文書の策定」「文書管理」「記録の維持管理」といった情報の作成管理も適切に行われている。そして「リスクコミュニケーション」もあらゆる方面から積極的にアプローチがなされている。

見直すべき点

「選択肢」に関しては、健全な設備の維持に関して、規制的なものか否かを問わず、リスク管理の選択肢全体を検討して管理しており適切であるが、原子力政策は欠点が見つかっても「こうだからやめよう」という考えには行かず、理由をかえては存続する形となっている感があり大本の選択肢が抜けているのかもしれない。「意思決定」に関しては、停滞を避ける事や未然防止の徹底と、概ね適切な適切であるが、点検基準にない点検を自主的にやるべきという自治体などからの意見があり、社会的側面について慎重に検討していない点が見受けられる。「実施」においては、利害関係者の支持を得る点において最近は失敗が目立つ。「評価」に関しては、実施に至る方法の有効性について逐一点検、評価を行うなど定期的な評価がなされており、また停滞を避け決定を行うことを重視していることは適切であるが、現状としてトラブルが相次ぐ浜岡原子力発電所に対し、基準を改めるべきではないかとの声が地元の多くの自治体から挙げられているが、それに関する更新改訂を特に行わないのは問題といえる。

地元自治体

充実している点

「実施」「評価」に現状として特に問題なく行われており適切といえる。また、「緊急時対策」「復旧対策」の整備、「能力・教育・訓練」の維持、「シミュレーション」の実施という項目も適切に満たされ、「リスクマネジメント文書の策定」「文書管理」「発見したリスクの監視」「記録の維持管理」といった情報の作成管理も適切に行われている。

見直すべき点

「問題の明確化と関係付け」に関しては、主に利害関係者を関与させる努力に関して、一般住民の参加の余地がないことなど必要以上に限定し過ぎているかもしれない。「リスク分析」に関しては、原子力発電所の多重の防護壁により発電所からの直接の放射線はほとんど遮蔽されることを前提としており、不測の事態を考慮していない事が見直すべき点として挙げられる。「選択肢」に関しては、法の遵守や情報提供、社会的政治的な背景を考慮されている。しかし県は国の方を向いた政策しかせてこず、運転管理は国の管轄であるという一線をこえないという姿勢は適切とはいえず、公平性の観点でいうならば、影響範囲を地元5町に絞ることの妥当性を再検討すべきかも知れない。「意思決定」においては入手可能な限り最良の科学的、経済的、技術的な情報を取り入れて計画に当たっており、特に原子力に関する浜岡町の財政などを含め政治的、社会的、法的、文化的側面について慎重に検討されている。しかし、地元自治体の管轄は主に事故発生後における防災であり、未然防止に関わるような運転管理の管轄は全て国のものとなっているため、リスクの削減よりも未然防止を優先させる業務はそもそも行われていない。「リスクコミュニケーション」では、対象者及び内容が明確であり、想定している関係者に関するコミュニケーション体制は確立されているが、対象者として想定されていない一般住民からの意見を聞くような体制はとっておらず十分といえるかどうかは定かではない。

第5章 結論

浜岡原子力発電所  浜岡原子力発電所ではトラブルに対する事前の対応や、情報の収集、作成、管理においては適切に実行されているが、計画段階におけるリスクの想定の甘さ、計画から実行の段階における社会的な影響への配慮の足りなさが見て取れる。リスクマネジメントの更新が容易でない事も反省点としてあげられ、また、より適切なリスクコミュニケーションも求められる。

原子力に関する国のリスク管理としては、想定されるトラブルに対する事前の対応や、情報の作成、管理、提供や収集においては適切に実行されているが、主にリスクマネジメント実行における6段階の手順において、最初の「問題の明確化と関係付け」は適切に実行されているといえるが、「リスク分析」の不十分さ、大本の「選択肢」の欠除、「意思決定」「実施」の段階における社会的な影響を考慮することの配慮の足りなさ、「評価」を元にした場合の更新体制の足りなさが見て取れる。全体を通していうなら、原子力を扱うことを前提にすると、その管理方法は適切と言えるが、脱原子力が世界的に進んでいる事もあり、原子力を扱うという前提自体を再検討すべきなのかもしれない。

地元自治体

原子力に関する静岡県及び自治体のリスク管理としては、環境放射能のチェックと防災であり、現状としてその実施や評価体制は適切と表することができ、想定されるトラブルに対する事前の対応や、情報の作成、管理、提供や収集においては適切に実行されている。しかしながら利害関係者関与の範囲や、リスク分析の前提条件がやや限定的な事など、必要最低限のことはやるが、それ以上のことは行わないという状況が全体として問題と思われる。

今後の課題として、今回の調査では枠組みとの比較に対して、充分な情報が集まったとはいえず、枠組みに示される多くの項目に関しては判定する事が出来なかった。リスクマネジメントの枠組みに示される内容を満足するよう、より的確で詳細な質問内容を用意していく必要がある。